全人類、帰一の法則


全ては “聖なる一”から生じています。


その法則は、全宇宙を支配、管理、統御しています。


その法則は、目に見えない世界も、全て支配、管理、統御しています。


宇宙は、“聖なる一”から生じました。

地球も、“聖なる一”から生じました。

全人類も、“聖なる一”から生じました。

全てのものは、全てのことは、皆、“聖なる一”から生じてきたのです。



地球上の、一人一人の人間は、

肌の色や、目の色、民族の違いを変えながら、

皆、同じ“聖なる一”から生じてきたのです。



あらゆる思想も、宗教も、

あらゆる文化、芸術も、

あらゆる発見、発明も、

全ては、“聖なる一”から生じ、支配、管理、統御、調節されているのです。



釈迦も、


エスも、


孔子、老子、

マホメットも、

それ以外の全ての聖存在も、

時代の必要性によって、“聖なる一”から、その地域に生まれて来たのです。


全ては“全一”であり、“ONE”です。

それは、“大宇宙を創造した存在”です。

故に、全てのものと、全人類は、

その“聖なる一”に帰一することができるのです。


そして、全ての存在が一つに帰一することこそ、

“聖なる一”の悲願であり、切なる願いなのです。




                                                    2014/03/08

                            全一総合研究所  中村 慈呂宇

 

at 20:31, 中村 慈呂宇, ジローのオデッセイ

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最大の公案(こうあん)


私達には、現在、様々な問題があります。


失敗、失業、病気、インフルエンザ、伝染病、空気汚染、
誤解、不和、衝突、性格の不一致、セックスレス、離婚、
少子化、保育所問題、教育問題、いじめ、体罰、シングルマザー、
年金問題


経済第一主義、合理主義、科学万能、能力主義、
景気、倒産、不況、消費税増税、低賃金、リストラ、派遣切り、
事故、不条理、不合理、不公平、訴訟、裁判、ホームレス


大地震、大津波、火事、巨大台風、巨大竜巻、洪水、山崩れ、
火山の爆発、富士山爆発、猛暑、寒波、異常気象、温暖化、寒冷化、


原発、原子炉の爆発、炉心溶融メルトダウン、メルトスルー、地下水汚染
想定外、放射能、避難民、一時避難地域、強制的避難地域、仮設住宅、
子供への被爆、白血病、発がん率、内部被爆と外部被爆、流言飛語、


汚染水問題、核燃料の冷却化、使用済み核燃料棒の冷却化、廃棄場所、
汚染水タンクからの水漏れ、廃炉までの道筋、トイレのないマンション
活断層、地方原発、地方交付金、地方と中央、復興事業


除染、再処理技術、核廃棄物の処理問題、トリチウム、ストロンチウム、
原発の安全神話、原子力村、日本のエネルギー問題、政官財一体化、
高速増殖炉の偽り、無駄使い、プルトニウム、核兵器・・・・。


損失、非難、憎悪、アジアと日本、世界と日本、アメリカと日本、
日本の政治、外交、経済、尖閣、竹島、北方領土、国家間対立・・・。


本当に切がありません! 他にも一杯あります。


現代という時代に、人間としての尊厳を持ちながら、生きていくこと、しっかりと、夢と希望を失わず、明るく自分の人生を生き抜いていくことこそ、私達一人一人に課せられた「最大の公案」です。それだけで、大いに意味がある人生です。


                              2013/09/28


                全一総合研究所 中村 慈呂宇

 

at 20:35, 中村 慈呂宇, ジローのオデッセイ

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氷上(ひょうじょう)の美2



素晴らしい演技は、自分の力で行おうとしても、決してできるものではありません。人間の技術や、力だけで行おうとすればするほど、それは失敗してしまうのです。なぜならば、全てのことは、心の中で展開されていくからです。その表れが、行為となり、結果として現れて来るからです。そして全ての根本は、創造神が司っています。


 そのような人生における試練の時、最も重要で必要な事は、自分自身を捨て、大いなるものに、自分の全てを委ね切っていくことです。成功や失敗なども考えず、ただ、無心になって、自分ができるベストを尽くしていくことです。


 自分の計算や計らい等を全て捨て切り、ただ、無心になって、自己の最善を尽くすことに徹していくことだけです。美しい曲の流れと、身体の流れと、心の流れが一つ(ONE)になった時、そこに神が現れて来ます。全一です。

 
 

 それは、“本当の生命”と、“本当の光”と、“本当の愛”です。

 
 それらが一つになったものが“本当の美”です。

 
 その状態は、“神との一体”です。

 
 “神人合一”の状態です。

 
 梵我一如です。

 
 
 
 自分の自己願望が消え、自分自身が、絶えず流れてくる曲そのものと一つになった時、それを見ている全ての聴衆と観客は、偉大なものに接することによって、魂を大きく揺すぶられていきます。なぜならば、全ての観衆は、そこに“本当の美”を感じるからです。


 
 それは、全ての人々が持っている“人間の生命の美しさ”です。
 
 
 それは、全人類に対する“本当の愛”です。

 それは、全人類に対する“本当の美”です。

 そこにあるものは、“全てを超えた感動”です。

 それは、国境や、人種や、政治、宗教の壁を超えた普遍的なものです。


 それは、“全人類の神の現れ”です。



                              
                            2014/02/16




               全一総合研究所  中村 慈呂宇


 

at 09:38, 中村 慈呂宇, ジローのオデッセイ

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氷上(ひょうじょう)の美1



“フィギュア”という競技は、人生です。


 この世に生を受けた時に、あなたは氷の上に立ちました。


 そして、氷上という人生において、素晴らしい曲に合わせながら、あなたは、時には大きくジャンプしたり、何度も回転したり、高速で走り抜けて行ったりしながら、様々な演技をしていくのです。また、曲の展開や、その時その時の曲の速度やリズムに合わせながら、あなたは、あなたにとって一番相応しい演技をしていくのです。


 あなたは、人生という氷上において、一端、自分が選んだ曲が流れ始めたら、その曲が終わるまで、途中で演技を終えることはできません。あなたは、氷上というリンクから降りることは許されないのです。なぜならば、人生と言う曲を終えることは、人生の終わりを示すからです。


 大きなジャンプという人生の試練の時、たとえ、そのジャンプが失敗しても、曲が流れている限り、あなたは競技を続けなければなりません。たとえ、あなたが何度倒れても、また、バランスを失っても、人生という曲が流れている限り、あなたは自分の最善を尽くしながら、その時の自分のベストを尽くしつつ、精一杯の力を出し続けていかなければならないのです。


 あなたは、どんなに苦しくても、辛くても、何があっても、自分の曲に合わせながら、テンポと共に、自分のやるべきことを全て行わなければなりません。それは自分との闘いです。


 そして、あなた自身の気持ちが消えて行き、あなたが”無”になり、全てと一体(ONE)となった時に、あなたの内にある“生命の叡智”が発動し始め、そこに“本当の美”が現れてくることを体験して行きます。ONEとは、全一です。「全てと一つ」になった状態のことです。


 それは、自分の身体と、心と、霊の一体化(ONE)です。同時に、素晴らしい曲の流れと、身体と、テクニックとの一体(ONE)です。三位一体です。

 

at 17:53, 中村 慈呂宇, ジローのオデッセイ

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神の時(2)

 
 そのような時は、必ず「何らかの大きな意味」があるのです。そのような時が、“神の時”です。そのような人生大転換の時は、その流れに逆らわない方が良い時です。“神の時”は、自分の人生の全てが否定されていく時ですが、どうしても不可避的で、不可抗力の場合は、自分の身も、心も、全てを、大きな力に任せ、それと共に流れていくことの方が良いのです。そうした時は、どのような結果になろうと、全てを任せた方が良いのです。なぜならば、その事に対して、かえって反抗したり、抵抗したりすればするほど、事態を悪化させてしまうことになってしまうからです。

 
 「身を捨てて、浮かぶ瀬もあり」の境地になることです。大自然や、大宇宙の流れの中では、人間の存在は素粒子よりも小さな存在に過ぎません。ましてや、全てを創造した神の流れは、人間にとって、想像を絶したものです。そして、それに身を任せることは、神の流れの中に入ってしまうことを意味します。その流れに身を任せる時、その時に何が在ろうとも、何が起ころうとも、全ての中で、最も安全で、信頼できる流れであることを信じていくことです。結局、最後の時に、人間に出来ることは、大いなる流れを信じ、それに自分の身を全て任せていくことしかありません。

 
 
 1945年、日本が戦争に敗れ、多くの都市が全くの廃墟になりました。そして全く何も無い状態から、戦後の日本復興が始まりました。しかし、終戦から、わずか19年後の1964年に、「東京オリンピック」が開催されることになりました。その時、新幹線が開通し、高速道路も整備され、日本全体が新たな力によって、一つに結ばれ、ダイナミックな力によって走り出していくことになったのです。もちろん、当時の人々が必死に働き、努力をしたことは言うまでもありません。しかし、もし、日本が戦前と同じ状態のままで、何も変わっていなかったならば、今日の日本はありませんでした。

 
 1868年、明治維新が起き、日本は国際舞台にデビューしました。その後、関東大震災という“神の時”が訪れ、東京が一度ゼロにされ、再構築されることが起きました。1945年、日本は大東亜・太平洋戦争に敗れ、英米に対して無条件降伏をすることになりました。その時、日本は再びゼロに戻され、8月15日に日本は、完全にリセットされたのです。そして、それから60年近くの歳月が流れた時、また再び、神の戸が開いたのです。そして2011年、3月11日に、日本は再びゼロに戻され、根本から、リセットされてしまったのです。それらは、全て、“神の時”でした。そして、その本格的な“神の時”は、これから訪れようとしているのです。

 
 
 “神の時”は、“大いなる時”です。しかし、それは単なる出来事ではありません。そこには、その後、必ず、希望があり、進展があり、発展があり、未来があり、進化があるのです。なぜならば、そのために“神の時”が訪れて来るからです。そのため、個人においても、国家においても、次々に起きて来る“神の時”を体験し、修正し、受け入れていくならば、必ずや、創造神によって、以前よりも、更に高度に進化した方向へと導かれていきます。

 
 “神の時”の意味を悟り、受容して行けば、必ずや、以前の状態よりも、世界中の、あらゆる、人と、富と、物と、情報が、東西南北を結ぶ日本へと集まり、その人の元へ集まり、以前よりも更に高度に発展進化した国家、人間へと導かれていくことになります。なぜならば、宇宙の創造神は、全てを成長させ、進化させていく為に、全ての出来事を起こしていくからです。

 

 しかし、神の意図は、人間の世界を大きく超えている為に、残念ながら、人間には神の心を理解することができません。また創造神の意図は、人間だけのことだけではなく、全生命、全宇宙全体を常に考えておられることもあるからです。そのように創造神は全ての全てを司っている為、時には、人間よりも、大自然や、地球の方を優先されることもあるのです。もし、大いなる神が、地上の人間が神のことを忘れ、間違った生き方をしていると判断した場合は、アトランティス文明のように、この文明そのものを滅ぼしてしまう事も有るでしょう。

 
 創造神は、その時、その時に、最も必要で、最も重要なことを行っていくだけです。私達がすべきことは、一人でも多くの人間が、全てを創造した神の存在を知り、その神に対して、自分の非を詫びながら、心からの感謝の祈りを捧げていく事です。そして、家族を愛し、仕事を愛し、郷土・大地を愛し、国家を愛し、身の周りの人々を大切に扱いながら、地球と全人類の為に、自分のできることを、日々、行っていくことだけです。




                   2013/11/05


                   全一総合研究所 中村 慈呂宇

 

at 10:38, 中村 慈呂宇, ジローのオデッセイ

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神の時(1)


 人生には、様々な事が起きて来ます。中には、どのように考えてみても納得できないことや、不公平、不条理、不合理な出来事が起きてきます。生身の人間には、物事の真相が見えず、分かりません。しかし、全ての出来事は意味があって起きて来ることなのです。なぜならば、全ては神の中で起きることだからです。
 
 
 出来事が起きた時、人間は、そのことを受け入れることができません。そして、非常に長い間、怒り、悲しみ、憎しみに囚われながら生きていくことになります。そのような時、特別、人にできることはありません。できることは、どうすることもできない無力感に包まれながら、長い沈黙の時間に身を任せていくだけです。
 
 
 
  しかし、出来事が起きた場合、そのことを否定せずに、受け入れていくことが大切です。なぜならば、出来事が起きるには、一人一人にとって、必ず大きな意味があるからです。また、いつでも、どのような時においても、宇宙創造神が、私達、一人一人を教え、導いているからです。自分にとって、理不尽な事、不公平な事が起きた時は、“神の時”の訪れの時です。その人にとって、不可避的な事柄が起きた時こそ、“神の時”の訪れの時なのです。
 
 
 人間は、誰でも不完全で、エゴが強く、過去からの業(カルマ)が深い為に、生きている間に、様々な出来事が起きて来くるように、神によって計画されているのです。起きて来ることは、本人の為に必要であるからこそ、本人に起きて来ることになっています。その時、本人の魂は、その事が起きたことを全て理解していますが、分からないのは肉の身体を持った本人だけです。そのように、人生は、一人一人が、直接的に、神によって、教育され、清められ、教え、導かれていく体験教育になっているのです。
 
 
 人間は、欲のために目先のことしか見えない為、何が自分にとって本当に良いことなのか、容易に理解することが出来ません。そのため、人間は自己中心的になり、自分勝手なことをしがちになってしまう為、人生では、神によって多くの修正が起こされて来ることになるのです。人間にとっては、人生上の出来事は、悲しみ、苦しみの連続ですが、実際は、それらの出来事も、全ての原因の最後尾に創造神がおられ、その神が一人一人の為を想って起こされていることなのです。
 
 
 
 神の計画は、長期的で、遠大で、人間には計り知れないものです。その時に、人間は、非常に苦しく、悲しく、辛い目に遭遇しますが、後になってみると、その時の苦しい経験こそが、人生の目覚めとなり、支えとなり、“人生の大きな宝物”となって、逆に、多くの人々を活かすことに繋がって行きます。
 
 
 大きな悲しみ、苦しみほど、根本から人間を変えてしまう力を持っています。もちろん、そうした時は、以前の人生観が全て崩れてしまう為、大変な苦しみを経験しますが、そうした“神の時”を経験し、それを乗り越え、その意味を理解し、受容した時、その人は、神によって、新たに造り変えられ“全くの別人”と成ってしまう瞬間です。その時こそ、別の人間が生まれていく瞬間です。
 
 
 それまでの“普通の人”から、神によって、“全くの別人”へと造り変えられてしまうのです。なぜならば、そのようになっていくことこそ、出来事を起こす「神の狙い」であり、「神の目的」であるからです。どのような人の人生でも、そのように、大いなる神の直接的指導によって、偉大なる人生の錬金術が行われていく時があるのです。そして、人生において、不可避的な出来事が起きた時は、“神の時”が来た事を悟り、それを大きな心で捉え、理解し、受容していくことが、人間にとって最も大切な時です。
 
 
 
 自分にとって、不利な事、不公平な事柄、不条理な出来事が訪れて来た時は、誰でも受け入れることができません。それは仕方のないことです。初期の頃は、腹の底から湧いてくる物凄い怒りが、続くこともあるかもしれません。また相手に対して、出来事に対して、強い憎しみが湧いてくることもあるでしょう。しかし、いくら自分が抵抗しても、主張しても、事態が変化したり、変わっていく目途がつかない状態が続き、自分ではどうすることもできない状態が続いてしまうのです。

 
 なぜならば、自分の力によって、その問題が解決することが出来ず、自分の力が全く及ばず、どうしようもない状態に自分が置かれてしまった場合、どのようにして良いのか全く分からないからです。そのような状態の時は、自分の意志を超えた大きな意志によって、そのことが起こされたことが示されている場合がある時です。
 

at 21:17, 中村 慈呂宇, ジローのオデッセイ

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失敗は成功の種(2)


そして、危機が去った時、再び、頂上へ向かって歩き始めます。一歩一歩、自分の歩みで進んで行くのです。この人生は、神と自分との関係です。その場合、目の前の山は、神自身です。自分の周囲の世界は、人間世界です。全ては、自分の自己展開です。何度、失敗しても、再び登っていけば良いだけです。むしろ失敗した方が、人生の智慧が付きますので、ある程度の失敗は必要でもありましょう。


失敗はしない方が良いことは、当然のことです。しかし、自分では決して失敗を望まなくても、人生には多くの失敗が用意されています。なぜならば、人生には避けることができない多くの謎が用意されているからです。それは、一人一人に与えられた「運命」と言えるかもしれません。それは、その人だけに神から直接的に与えられ、出された特別な問題です。その問題は、非常に複雑で、決して通常では解くことができない問題です。ありえない問題であり、不条理そのものです。その問題は、人間の力を超えているように感じられるものです。


そのような時、人間は無力です。何もすることができず、ただ茫然とするだけです。自分でも、全く理解することができず、何も行う事ができません。しかし、そうした状態であっても、決して、人生を諦めることなく、生命という山の頂に向かって、一歩一歩、人は歩き続けて行かなければなりません。たとえ、自分には、全く、何の解決策が見えなくても、絶望してはならないのです。あなたは決して一人ではありません。なぜならば、何もない状態でも、生命自身は、じっとあなたを見ているからです。生命自身は、あなたの心を見ています。あなたの身体を見ています。あなたの行動を見ています。だから、どんなに孤独の状態に置かれたとしても、真実の孤独というものはないのです。


大きな苦しみ、試練、困難に遭遇した時こそ、魂が磨かれ、浄化されていく時です。たとえ、自分の判断の誤りによって、大きな失敗や損失を被ったとしても、それは、大きな教訓であり、人生の学びとなります。一度、それを深く反省していくならば、その失敗は、もはや単なる失敗ではなく、自分の魂を目覚めさせ、浄化させ、進化させていく為に、神から与えられた大いなる恵みの機会と変化していきます。


その結果、あなたの生命体が洗い清められ、根本から、新たに造り変えられ、あなたの考えも、認識も、人生そのものも、全てが大転換させられていくのです。失敗をしないように注意深く、進んで行くことは当然です。しかし、どうしても避けられなかった失敗は、必ず、大きな意味が存在しています。そして、その失敗を克服していくプロセスにおいて、あなたは更に大きな存在へと飛翔していくのです。なぜならば、そのために、神が難問をあなたに用意したからです。


                                   

                                   2013/10/01


                   全一総合研究所  中村 慈呂宇

at 21:27, 中村 慈呂宇, ジローのオデッセイ

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失敗は成功の種(1)


人生には、失敗を避けることができません。むしろ、失敗の積み重ねによって、人生が形成されていくと言っても過言ではないでしょう。なぜならば、どんなに上手くいっても、人間は不完全な存在であり、未完成の存在だからです。そして、未完成であるからこそ、さらなる完全さ、完成に向かって進んでいく事になります。それは永遠のプロセスです。

しかし、そうしたプロセスを進んでいく内に、自分自身が以前よりも上等な存在になっていることに、ある日、気づく時が来ます。もちろん、現在の自分は、完全なる状態を目指していく途中である為、未だ不十分で、決して満足できる状態ではありません。しかし、振り返った時に、下の方に、自分が登って来た世界が見えてくるのです。

その時、「ああ、自分は、ずいぶん高い所まで登って来たのだなぁ」と、自分は確かに感じる事ができます。自分が山の中腹にいようと、どこにいようと、高さというものは、下の世界を明確に自分に見せてくれるからです。とにかく、苦しみながらでも、失敗しながらでも、一歩一歩、歩き続けていくことです。山を登っている最中に、時には倒れたり、転んだりすることもあります。石や、岩が落ちて来ることもありますし、山崩れさえあります。冬山ならば、巨大な氷のクレバスもあります。雪崩も襲って来ることもあります。

そして、頂上に近づけば近づくほど、気象の変化が激しくなってきます。その上、空気が薄くなってきますので、酸素が少なくなり、身体が動けなくなってきます。寒いだけならば、まだ耐えられますが、そこに風が吹いてくるならば、人間の体温は一変に奪われてしまいます。そのように、人間は生きていくだけで苦労の連続です。

しかし、そういう時こそ、智慧を働かせ、自分の能力の全てを総動員させる時です。一人になっても、決して諦めることなく、「生」の道を模索することです。
最も危険な状態の時だと感じたならば、とにかく、一時的にでも安全な場所を確保し、そこに避難することです。そして、安全な状態になるまで、そこに暫くの間、じっとして動かずに時を待つことです。そうしている内に、やがて激しい嵐や、強風も止んでいき、静かに落ち着いて来るからです。その時、最も大切なことは、自分の体力を失わずに、維持していくことです。

 

at 20:30, 中村 慈呂宇, ジローのオデッセイ

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いのちの道を行け


たとえ、自分に正当な理由があり、正義があったとしても、それを盾にして、相手を責めるならば、それを言われた相手は自分が悪いと思っていても、自分の身を守る為に、こちらに対して、応戦、報戦をして来るでしょう。その戦いは際限なく続き、やがてどちらが善だか、悪だか分からない状態になり、そして最後にはお互いが滅びてしまうのです。

いかなる理由があったとしても、戦いを行うならば、そこには善も悪もなく、正義もなくなってしまいます。結局、そこにあるものは、力の強い者が勝つという「力の道」だけです。どちらが勝ったにしても、双方に不満と憎しみだけが残るだけです。それでは、お互いにとって、本当の解決にはなりません。

戦いによって解決をしていこうとする方法は、「力の道」です。それは「カルマの道」です。そして、それは「悲しみの道」であり、「不幸の道」です。「業の道」「「暗闇の道」です。

それは、「いのちの道」ではありません。「光の道」ではありません。「愛の道」ではありません。「希望の道」ではありません。また、それは「発展繁栄の道」でもありません。つまり、戦いによって、問題を解決して行こうとすることは、私達に何の恩恵ももたらさないということです。


そのような状況の中で、人類が選ぶ道は、損得勘定を超えた「いのちの道」です。それは「徳の道」です。たとえ、そこで自分達が大きなものを失ったとしても、そこから、また再び始めればよいのです。ゼロに戻ったと思えば良いのです。

もし、「戦いの道」を選択してしまうならば、ゼロよりも、もっと大きな犠牲と代償を支払うことになってしまうでしょう。そして、今よりも、もっと酷い状態に陥り、取り返すことができない状態になってしまうでしょう。

その時にするべき事は、戦いによって、問題を解決するという「迷いの道」を捨て、「いのちの道」に入ることです。全ての生命の源である「生命の樹」の幹の下に座り、禅定することです。落ち着いて、冷静になって、自分のいのちと対話をすることです。一切の迷妄を破り、自分のエゴから離れ、「空」になり、全ての「中」に入ることです。全生命の中心に座ることです。

そして、「無」の状態になった時に、何かが変わっていくことを感じていくでしょう。自分と言う存在が、大生命の中に入るならば、いかに小さな存在であり、どれだけ、自分自身が、物や、金、人に囚われていたかということが分かるでしょう。地位、名誉、権力、財によって、がんじがらめにされていた自分の姿を見つけるでしょう。


自分の肉体や、存在から、一端、離れた時に、全く異なった考えが流入してくるでしょう。それは大いなる瞬間です。そして、自然と涙が溢れ出して止まらなくなるでしょう。それは自分の内部からの歓びの徴です。自分の体内に宿っている神が、歓んでいる瞬間です。

その時、全てのものには何一つ無駄は無く、全てが意味を持っていた事に、初めて気づくのです。

「あ〜、今まで、自分は人に騙されたり、傷つけられたり、大切なものを奪われたり、酷い目に遭わされて、ずいぶんと悔しい思いをしてきたけれど、それには大きな意味があったのだなぁ。それらも無駄ではなかったのだなぁ。」

「あの時、どうして、あのようになったのだろう・・・」すると、今まで全く考えてもみなかった考えが、自然と心の中から湧き上がって来ます。そこに、何か不思議な導きがあり、自分を護り導いていたような感じがしてくるのです。その時、目に見えない神が存在し、自分を護り、導いてくれていたことを、はっきりと確信できるようになってくるのです。


目に見えない神は、全ての人々に「いのちの道」を選択することを望んでいます。そして、全人類が「いのちの道」を選択し、「いのち」に帰ることを望んでいます。なぜならば、「いのちの道」を選び、「いのち」に帰る時、そこに何一つとして無駄は無く、どんなに悲しく辛い体験でも、いかなる困難、境遇であったとしても、全ての体験は、その人の“いのちと魂”にとって、大いなる意味をもたらすものとなり、金色の光となって全世界に光り輝くものとなるからです。

 

                                     2013/09/26


                    全一総合研究所  中村 慈呂宇

 

at 20:07, 中村 慈呂宇, ジローのオデッセイ

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アセンションの国、日本


世界は、“無”と“有”から、成り立っています。
世界は、“陰”と“陽”から成り立っています。
世界は、“プラス(+)”と“マイナス(−)”から、成り立っています。
コンピューターの世界は、“0”と“1”から成り立っています。

インドにおいて、釈迦は「無我の法」を説きました。
それは形無き“無の教え”でした。
西洋と比べて、東洋は、穏やかで、受け身的で、女性的(陰)のようです。
それは、数字の“0”のようです。
数字の“0”は、全ての数字の母です。数字の0から、全ては生まれました。

イスラエルにおいて、イエス・キリストは、「愛の教え」を説きました。
それは確かなる“有の教え”でした。
東洋と比べて、西洋は、積極的で、男性的(陽)のようです。
それは、数字の“1”のようです。
数字の1から、全てが始まっていきました。

二つの異なるものが一つに統合していき、新たなる教えに昇華していき、極まった所に至り、やがて大いなる安定に落ち着いていきます。その場所こそ、私達が目指す位置です。全一(ONE)の状態です。新たな統合の状態です。新たな意識の状態です。それはアセンション(次元上昇)した状態です。

それは、二つのものを含んでいながら、全く異なった状態です。そして、以前の状態よりも、その容量がさらに拡大し、大きくなった状態です。これは、「正」→「反」→「合」という弁証法的展開です。全てのものは、弁証法的展開をしながら、新たなものへと進化していきます。それは生きている大生命の流れであり、大いなる神の流れそのものでもあります。

日本は、二つの流れが合流する場所であり、世界の鍵となる位置にあります。東洋と西洋、無と有、プラスとマイナス、男性と女性、0と1というものを全てのものを結び付け、それを統合し、全世界の人々が心から願っていたものを創造していくことができる国家です。

 


                                     2013/09/26


                    全一総合研究所 中村 慈呂宇

 

at 17:58, 中村 慈呂宇, ジローのオデッセイ

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